3.11 東日本大震災の緊急提言から一年後 その間に学んだこと
尾島俊雄
2011年3月11日、未曾有のM=9の地震と波高40mの大津波という天災、あってはならない福島の東京電力原子力プラント爆発から1年、新聞やTVは、死者1万5854人、行方不明者3155人、避難者34万3935人、家族の離ればなれ3割と仕事を失ったままの人4割、仮設住宅に今も11万5000人。福島県では放射能から6万3000人が県外に避難中で、農業や漁業者の風評被害報告等々、痛々しい惨状であります。
私自身、4月に被災地を歩いて、6月には「東日本大震災からの日本再生」(中央公論新社)を緊急出版し、世界にこの惨状を知らせるために英語、中国語、韓国語に翻訳出版。9月には、大阪綿業会館で国際シンポジウムを開催するなど、少しでも復旧復興に寄与できればと考えていました。
しかし、この1年間にみる日本の復旧復興への足どりは、あまりに遅々としていることは明らかで、多くの被災者が失意の内に自殺や体調不良を起こしています。
その最大の原因は、日本政府や国民が明るいビジョンと美しい未来を築くという夢と希望を失っているためと思います。
同時に、被災地の人々の忍耐と不屈の精神に対して、世界中から寄せられた支援や称賛の声は、日本人に日本古来の文化や伝統を、ゆり起こさせ、目覚めさせています。
日本国は、災害列島で、そこが我がふる里であることの宿命を実感させています。地震と津波は想定外であったとは言え、歴史の教訓として、更なる備えと覚悟を新たにすることとして、福島原子力プラントによる、福島県民の被災は、東京一極集中の国策の結果で、海外から見ても、東京が起こした原発災害であった。多くの外国人が東京や日本を離れ、日本産品が世界市場から放射能汚染で排除されているのは、東京を中心とする関東地域全体の責任である。ガレキ処理を、東京都が受け入れているのは当然のことです。
日本は今、第三の開国期(維新・戦後・災後)にあると言われるのは、第一は明治維新の鎖国からの開国、第二は第二次大戦後、平和を通じて世界貢献による開国、第三は東日本大震災を機に信頼される国家として、情報開示が不可欠であった。
然るに、政府や企業の情報開示の遅れは、世界中の信頼と共に被災地の人々の信頼と人生を狂わせています。
以上のことは、2012年3月10日と11日のTV、ラジオ、新聞、雑誌の特集を通じて確信すると共に、日本のマスコミは、これ程までに報道の自由を与えられている事を知り一安心しました。後は、情報開国のあり方を抜本的に改革することです。
2011年3月に緊急提言してから1年で学んだ結論を以下付記する。
・第一に、豊かにして脅威である自然を神とする日本文化を大切にして、一人一人のはかない生命も人々の絆で結ばれて強固になることを教え学ぶ。
・第二に、2050年の地球環境に対する日本国としての国際公約を守ること。そのためには、新しい価値観と生活様式の転換による再生可能エネルギーの活用と、原子力発電所を安全にして、安心できるプラントにする科学技術の進歩が不可欠である。
・第三に、ボランティアや自衛隊、米軍の善意で救われた多くの被災者を考えれば、日本国家としての自覚と自立した行動力を築くために憲法には、国のあるべき姿、国民が果たすべき役割を明記し、明日への夢と希望を与え、日本人としての勇気と誇りを持たせることこそが信頼される国づくりになる。
私自身、4月に被災地を歩いて、6月には「東日本大震災からの日本再生」(中央公論新社)を緊急出版し、世界にこの惨状を知らせるために英語、中国語、韓国語に翻訳出版。9月には、大阪綿業会館で国際シンポジウムを開催するなど、少しでも復旧復興に寄与できればと考えていました。
しかし、この1年間にみる日本の復旧復興への足どりは、あまりに遅々としていることは明らかで、多くの被災者が失意の内に自殺や体調不良を起こしています。
その最大の原因は、日本政府や国民が明るいビジョンと美しい未来を築くという夢と希望を失っているためと思います。
同時に、被災地の人々の忍耐と不屈の精神に対して、世界中から寄せられた支援や称賛の声は、日本人に日本古来の文化や伝統を、ゆり起こさせ、目覚めさせています。
日本国は、災害列島で、そこが我がふる里であることの宿命を実感させています。地震と津波は想定外であったとは言え、歴史の教訓として、更なる備えと覚悟を新たにすることとして、福島原子力プラントによる、福島県民の被災は、東京一極集中の国策の結果で、海外から見ても、東京が起こした原発災害であった。多くの外国人が東京や日本を離れ、日本産品が世界市場から放射能汚染で排除されているのは、東京を中心とする関東地域全体の責任である。ガレキ処理を、東京都が受け入れているのは当然のことです。
日本は今、第三の開国期(維新・戦後・災後)にあると言われるのは、第一は明治維新の鎖国からの開国、第二は第二次大戦後、平和を通じて世界貢献による開国、第三は東日本大震災を機に信頼される国家として、情報開示が不可欠であった。
然るに、政府や企業の情報開示の遅れは、世界中の信頼と共に被災地の人々の信頼と人生を狂わせています。
以上のことは、2012年3月10日と11日のTV、ラジオ、新聞、雑誌の特集を通じて確信すると共に、日本のマスコミは、これ程までに報道の自由を与えられている事を知り一安心しました。後は、情報開国のあり方を抜本的に改革することです。
2011年3月に緊急提言してから1年で学んだ結論を以下付記する。
・第一に、豊かにして脅威である自然を神とする日本文化を大切にして、一人一人のはかない生命も人々の絆で結ばれて強固になることを教え学ぶ。
・第二に、2050年の地球環境に対する日本国としての国際公約を守ること。そのためには、新しい価値観と生活様式の転換による再生可能エネルギーの活用と、原子力発電所を安全にして、安心できるプラントにする科学技術の進歩が不可欠である。
・第三に、ボランティアや自衛隊、米軍の善意で救われた多くの被災者を考えれば、日本国家としての自覚と自立した行動力を築くために憲法には、国のあるべき姿、国民が果たすべき役割を明記し、明日への夢と希望を与え、日本人としての勇気と誇りを持たせることこそが信頼される国づくりになる。
緊急提言
1.天災と人災を分けて予知するための歴史学と科学と主観の確立
・2011年3月11日、東北・関東大震災は未曾有の自然災害であり、あってはならぬ原発事故であった。であるからこそ、この2万人余の死者と50万人余の避難者を出したことを、天災と片付けることなく、あくまで21世紀の日本国民が犯した人災として詳細に記録し、これを世界人類に公表することで、犠牲者に報いることが日本国の役目でなかろうか。
・東北・関東大震災はM=9.0で、1896年(明治29)の三陸津波(M=8.5で2万2千人余の死者)に比しても、巨大な津波と地震であったことから、想定外の被害というが、869年(貞観11)の三陸津波と地震の規模は今回と同程度であった。しかも、864年には富士山噴火、871年の鳥海山噴火、878年の京都飢饉と関東大地震、887年の畿内大地震と津波、と30年間も継続した大震災の記録がある。
・最近の科学では、日本列島周辺には地球上6大プレートの4つも集中している災害列島という。その一つの太平洋プレートが、陸側プレートに沈み込む境界で起きた今回の大津波は、2004年のスマトラ沖地震(M=9.0 死者22万人)と同じタイプである由。
・以上の資料から分かるだけでも、東北・関東大震災は想定すべき自然災害であって、天災という免罪符を与えてはならない。
・福島原発事故は、鎌田慧著「原発列島を行く」(集英社新書 2001年)のp.198によれば、「プルサーマル実施」の凍結、「もしも津波が発生したとき、海の水位は急に下がる。すると冷却水の供給が間に合わなくなる・・・等」からも原発反対、プルサーマル反対、津波の心配等と、非力な住民が少ない情報下で反対した運動を力で押し切った側の責任は大きい。
・2007年7月の新潟県中越地震(M=6.8)で柏崎原発(7基 821万kW)が全面停止し、6、7号機から放射性物質の放出があって間もなくの災害である。
・以上の資料から考えても、今後の日本のあり方を考える上で、事前・事後情報の全面開示が求められる。また、世界中がそれを期待し、注目している。
2.広域(Net Work)と拠点(on site)の限界と国家
・私達は日常生活する範囲(拠点、on site)と非日常生活圏(広域、Network)を持ち、災害時には日常生活圏が直接影響を受けるも、これに一時耐えることが自立であり、その安全策をもつことが生活のベースである。然る上で、広域からの支援(back up)が得られることで安心が保障される。自助(on site)・互助(Network)・公助(国家)が日本国民の安全・安心の基本である。
・2011年3月の東北・関東大震災では、東京電力の福島原発(10基、910万kW)が全停し、6基に致命的事故が発生。放射性物質が拡散し、50万人もの避難者と農産物や水道水の汚染が発生した。東京電力・東北電力、その他で、火力を含めて1,590万+560万+560万=2,710万kWが停止(3月21日)したため、3月13日には、東京電力の3,300万kWの稼働に対して3,800万kWの需要があり、500万kWの不足分を計画停電で補うことになった。その結果、交通・通信・生活・工場等の日常生活を破壊。その期間が長期に及ぶ可能性が出てきた。今夏のピーク時は6,000万kWの予測に対し、予備を全稼働しても4,500万kW。1,500万kWの不足によるBCPやLCPが完全にストップする事態が予測される。
・柏崎と福島での1,730万kW原発立地は東京電力の守備範囲外であり、広域Networkの非日常ベースであるべきを、日常ベースの電力として活用してきたことに今度の問題がある。地産地消ではなく、広域Networkに依存した経営体質こそ、これからの原発運転再開にも大きな問題を提起している。東京の一極集中の限界を地方植民地経営的事故が立証したとすら考えられる。
・品川・東扇島・袖ヶ浦・鹿島・横須賀等の火力発電所を復元させ、1,000万kW以上を緊急に復元するとしても、今夏には1,000万kW以上不足する。この不足を補うためには10年以上も要するとすれば、この機会に、東京圏の経済活動を今から30%以上少なくする復興プランを立てても良いのではないか。さすれば、東京電力も地産地消型となり、広域Networkとして、東北・中部・北海道電力等との連携で急場をしのぐことが出来る本来のあり方になる。当然、東電が他の電力会社をバックアップするに当たっても、4,500万kWの能力内で考えておくべきことである。
・この大災害を機会に、原子力発電所は全て9電力の民間経営下に置くことは止めて、国の特別の機関とすべきである。フランスなどは国営の電力会社であるからこそ原発中心の電力供給が可能であること。少なくとも、原発事故は、民間の災害保障や民間企業のできるレベルではない。
3.大都市と地方都市の共存(二拠点居住ライフスタイルの普及推進)
・江戸時代の日本は、江戸と上方の二大都市と、二百余藩が相互に自立していた。各藩は軍事すら自給自足を建前としつつも、行政の首都としての江戸と、祭祀や商業の首都としての京や大阪で、参勤交代や祭祀、講等の制度により強いNetwork(絆)で結ばれていた。江戸初期の100年間で人口が1,200万人から3,000万人に増大し、その後の200年、平和な時代を継続した。『世界市場で平和問題を考える場合に、江戸時代こそが、日本人が築いた最高の英知』と歴史学者アーノルド・トインビーが評している。
・1950年から2000年の50年間で、日本の人口は8,000万人から12,000万人と4,000万人も増加した。その大部分が大都市に集中したが、地方都市に対しても国土の均衡ある発展を図った全国総合開発計画であった。地方の社会資本としてのインフラストラクチャー(空港・海港・新幹線・高速道路・各種工場コンビナート・大学等の公的箱物)はもとより、住宅やオフィス、各種学校等の民間施設は、2050年までに予測される地方での2,000万人以上の人口減少と高齢化にあって、過剰投資になっている。その活用のためにも、地方への機能分散と人口分散によって職場や生活の活性化が期待される。
・東京への一極集中は、国際社会の経済競争下にあって、これからも加速されそうな気配であったが、この東北・関東大震災を逆手に、東京圏から30%の人口や職場の移転を考えては如何であろうか。大企業にあっては、地方支店へのシフト、大学や研究機関への投資は地方を優先し、工場の増改築も地方へのシフトを優遇する。
・職場や教育機関の地方移転を推進することによって、生活拠点の二重化を推進する。一例として、単身赴任を廃止したり、地方と大都市の両方に住居を持つことを優遇する。地方主権が確立されつつある時代にあって、地方都市機能を充実すれば、十分に非常時の大都市のback upが可能になる。データセンターのback upが必然であるように、分散貯金(ポートフォリオ)と同じ考えで、生産と消費、農村と都市を分離させた対策から、両者を併せ持つ共存型へ、大都市と地方都市の関係を強化するソフト・ハード両面でのプロジェクトを緊急に推進すべきである。
・2011年3月11日、東北・関東大震災は未曾有の自然災害であり、あってはならぬ原発事故であった。であるからこそ、この2万人余の死者と50万人余の避難者を出したことを、天災と片付けることなく、あくまで21世紀の日本国民が犯した人災として詳細に記録し、これを世界人類に公表することで、犠牲者に報いることが日本国の役目でなかろうか。
・東北・関東大震災はM=9.0で、1896年(明治29)の三陸津波(M=8.5で2万2千人余の死者)に比しても、巨大な津波と地震であったことから、想定外の被害というが、869年(貞観11)の三陸津波と地震の規模は今回と同程度であった。しかも、864年には富士山噴火、871年の鳥海山噴火、878年の京都飢饉と関東大地震、887年の畿内大地震と津波、と30年間も継続した大震災の記録がある。
・最近の科学では、日本列島周辺には地球上6大プレートの4つも集中している災害列島という。その一つの太平洋プレートが、陸側プレートに沈み込む境界で起きた今回の大津波は、2004年のスマトラ沖地震(M=9.0 死者22万人)と同じタイプである由。
・以上の資料から分かるだけでも、東北・関東大震災は想定すべき自然災害であって、天災という免罪符を与えてはならない。
・福島原発事故は、鎌田慧著「原発列島を行く」(集英社新書 2001年)のp.198によれば、「プルサーマル実施」の凍結、「もしも津波が発生したとき、海の水位は急に下がる。すると冷却水の供給が間に合わなくなる・・・等」からも原発反対、プルサーマル反対、津波の心配等と、非力な住民が少ない情報下で反対した運動を力で押し切った側の責任は大きい。
・2007年7月の新潟県中越地震(M=6.8)で柏崎原発(7基 821万kW)が全面停止し、6、7号機から放射性物質の放出があって間もなくの災害である。
・以上の資料から考えても、今後の日本のあり方を考える上で、事前・事後情報の全面開示が求められる。また、世界中がそれを期待し、注目している。
2.広域(Net Work)と拠点(on site)の限界と国家
・私達は日常生活する範囲(拠点、on site)と非日常生活圏(広域、Network)を持ち、災害時には日常生活圏が直接影響を受けるも、これに一時耐えることが自立であり、その安全策をもつことが生活のベースである。然る上で、広域からの支援(back up)が得られることで安心が保障される。自助(on site)・互助(Network)・公助(国家)が日本国民の安全・安心の基本である。
・2011年3月の東北・関東大震災では、東京電力の福島原発(10基、910万kW)が全停し、6基に致命的事故が発生。放射性物質が拡散し、50万人もの避難者と農産物や水道水の汚染が発生した。東京電力・東北電力、その他で、火力を含めて1,590万+560万+560万=2,710万kWが停止(3月21日)したため、3月13日には、東京電力の3,300万kWの稼働に対して3,800万kWの需要があり、500万kWの不足分を計画停電で補うことになった。その結果、交通・通信・生活・工場等の日常生活を破壊。その期間が長期に及ぶ可能性が出てきた。今夏のピーク時は6,000万kWの予測に対し、予備を全稼働しても4,500万kW。1,500万kWの不足によるBCPやLCPが完全にストップする事態が予測される。
・柏崎と福島での1,730万kW原発立地は東京電力の守備範囲外であり、広域Networkの非日常ベースであるべきを、日常ベースの電力として活用してきたことに今度の問題がある。地産地消ではなく、広域Networkに依存した経営体質こそ、これからの原発運転再開にも大きな問題を提起している。東京の一極集中の限界を地方植民地経営的事故が立証したとすら考えられる。
・品川・東扇島・袖ヶ浦・鹿島・横須賀等の火力発電所を復元させ、1,000万kW以上を緊急に復元するとしても、今夏には1,000万kW以上不足する。この不足を補うためには10年以上も要するとすれば、この機会に、東京圏の経済活動を今から30%以上少なくする復興プランを立てても良いのではないか。さすれば、東京電力も地産地消型となり、広域Networkとして、東北・中部・北海道電力等との連携で急場をしのぐことが出来る本来のあり方になる。当然、東電が他の電力会社をバックアップするに当たっても、4,500万kWの能力内で考えておくべきことである。
・この大災害を機会に、原子力発電所は全て9電力の民間経営下に置くことは止めて、国の特別の機関とすべきである。フランスなどは国営の電力会社であるからこそ原発中心の電力供給が可能であること。少なくとも、原発事故は、民間の災害保障や民間企業のできるレベルではない。
3.大都市と地方都市の共存(二拠点居住ライフスタイルの普及推進)
・江戸時代の日本は、江戸と上方の二大都市と、二百余藩が相互に自立していた。各藩は軍事すら自給自足を建前としつつも、行政の首都としての江戸と、祭祀や商業の首都としての京や大阪で、参勤交代や祭祀、講等の制度により強いNetwork(絆)で結ばれていた。江戸初期の100年間で人口が1,200万人から3,000万人に増大し、その後の200年、平和な時代を継続した。『世界市場で平和問題を考える場合に、江戸時代こそが、日本人が築いた最高の英知』と歴史学者アーノルド・トインビーが評している。
・1950年から2000年の50年間で、日本の人口は8,000万人から12,000万人と4,000万人も増加した。その大部分が大都市に集中したが、地方都市に対しても国土の均衡ある発展を図った全国総合開発計画であった。地方の社会資本としてのインフラストラクチャー(空港・海港・新幹線・高速道路・各種工場コンビナート・大学等の公的箱物)はもとより、住宅やオフィス、各種学校等の民間施設は、2050年までに予測される地方での2,000万人以上の人口減少と高齢化にあって、過剰投資になっている。その活用のためにも、地方への機能分散と人口分散によって職場や生活の活性化が期待される。
・東京への一極集中は、国際社会の経済競争下にあって、これからも加速されそうな気配であったが、この東北・関東大震災を逆手に、東京圏から30%の人口や職場の移転を考えては如何であろうか。大企業にあっては、地方支店へのシフト、大学や研究機関への投資は地方を優先し、工場の増改築も地方へのシフトを優遇する。
・職場や教育機関の地方移転を推進することによって、生活拠点の二重化を推進する。一例として、単身赴任を廃止したり、地方と大都市の両方に住居を持つことを優遇する。地方主権が確立されつつある時代にあって、地方都市機能を充実すれば、十分に非常時の大都市のback upが可能になる。データセンターのback upが必然であるように、分散貯金(ポートフォリオ)と同じ考えで、生産と消費、農村と都市を分離させた対策から、両者を併せ持つ共存型へ、大都市と地方都市の関係を強化するソフト・ハード両面でのプロジェクトを緊急に推進すべきである。
プロフィール
1937年9月 富山県富山市太田口通りで誕生
1956年3月 富山県立富山高等学校卒業
1960年3月 早稲田大学第一理工学部建築学科卒業
1965年3月 早稲田大学院理工学研究科博士課程修了
1965年4月 早稲田大学理工学部専任講師
1969年4月 早稲田大学理工学部助教授
1974年4月 早稲田大学理工学部教授
2008年5月 早稲田大学名誉教授
1973年〜98年 東京芸術大学美術学部講師(25年間)
1981年〜98年 九州大学大学院工学研究科講師(17年間)
1988年〜92年 東京大学先端科学技術研究センター客員教授(4年間)
1992年〜94年 日本都市問題会議会長(2年間)
1992年〜97年 早稲田大学理工学総合研究センター所長(5年間)
1993年〜99年 工学院大学大学院客員教授(7年間)
1994年〜97年 東京大学生産技術研究所客員教授(3年間)
1997年〜99年 日本建築学会会長(2年間)
2000年〜05年 日本学術会議 第18期・第19期、第5部会員(5年間)
2000年〜02年 早稲田大学理工学部長(2年間)
【現在】
1980年〜 浙江大学顧問教授(中国)
1997年〜 職芸学院院長(富山)
2000年〜 日本工学アカデミー会員
2000年〜 (社)都市環境エネルギー協会理事長
2000年〜 NPO法人アジア都市環境学会理事長
2000年〜 日本建築学会名誉会員
2002年〜 同済大学顧問教授(中国)
2003年〜 三谷産業(非)監査役
2005年〜 GINZA OJIMA LAB. +J.P.R.(略称GOL主宰)
2006年〜 大韓建築学会名誉会員
2006年〜 日本学術会議連携会員
2006年〜 とやまふるさと使節
2006年〜 天津商科大学顧問教授(中国)
2006年〜 吉林建築大学名誉教授(中国)
2008年〜 日本景観学会会長
2008年〜 早稲田大名誉教授
2008年〜 (財)建築保全センター理事長
【功績・受賞】
1970年 日本建築学会万博特別業績賞
1970年 空気調和・衛生工学会論文賞
1971年 空気調和・衛生工学会業績賞
1972年 日本建築学会論文賞
2005年 環境省環境保全功労者表彰
2007年 大隈記念学術賞
2008年 日本建築学会大賞
1956年3月 富山県立富山高等学校卒業
1960年3月 早稲田大学第一理工学部建築学科卒業
1965年3月 早稲田大学院理工学研究科博士課程修了
1965年4月 早稲田大学理工学部専任講師
1969年4月 早稲田大学理工学部助教授
1974年4月 早稲田大学理工学部教授
2008年5月 早稲田大学名誉教授
1973年〜98年 東京芸術大学美術学部講師(25年間)
1981年〜98年 九州大学大学院工学研究科講師(17年間)
1988年〜92年 東京大学先端科学技術研究センター客員教授(4年間)
1992年〜94年 日本都市問題会議会長(2年間)
1992年〜97年 早稲田大学理工学総合研究センター所長(5年間)
1993年〜99年 工学院大学大学院客員教授(7年間)
1994年〜97年 東京大学生産技術研究所客員教授(3年間)
1997年〜99年 日本建築学会会長(2年間)
2000年〜05年 日本学術会議 第18期・第19期、第5部会員(5年間)
2000年〜02年 早稲田大学理工学部長(2年間)
【現在】
1980年〜 浙江大学顧問教授(中国)
1997年〜 職芸学院院長(富山)
2000年〜 日本工学アカデミー会員
2000年〜 (社)都市環境エネルギー協会理事長
2000年〜 NPO法人アジア都市環境学会理事長
2000年〜 日本建築学会名誉会員
2002年〜 同済大学顧問教授(中国)
2003年〜 三谷産業(非)監査役
2005年〜 GINZA OJIMA LAB. +J.P.R.(略称GOL主宰)
2006年〜 大韓建築学会名誉会員
2006年〜 日本学術会議連携会員
2006年〜 とやまふるさと使節
2006年〜 天津商科大学顧問教授(中国)
2006年〜 吉林建築大学名誉教授(中国)
2008年〜 日本景観学会会長
2008年〜 早稲田大名誉教授
2008年〜 (財)建築保全センター理事長
【功績・受賞】
1970年 日本建築学会万博特別業績賞
1970年 空気調和・衛生工学会論文賞
1971年 空気調和・衛生工学会業績賞
1972年 日本建築学会論文賞
2005年 環境省環境保全功労者表彰
2007年 大隈記念学術賞
2008年 日本建築学会大賞
著書
| NO | 書名 | 出版社 | 発行年月日 |
| 1 | 空気調和設備の経常費 | 丸善 |
1967.1 |
| 2 | 日本の地域冷暖房 | 日本工業新聞社 |
1971.7 |
| 3 | 都市の設備計画 |
鹿島出版会 |
1973.6 |
| 4 | 熱くなる大都市 |
NHK出版 |
1975.6 |
| 5 | らいふめもりい |
雄山閣 |
1975 |
| 6 | はうじんぐめもりい |
ABC+JES出版 |
1978 |
| 7 | 中国の都市計画 | 早大出版部 | 1979.8 |
| 8 | 日本的建築界 | 中国建築工業出版社 | 1980.1 |
| 9 | 全3巻 印度 写真集 |
毎日コミュニケーション |
1980.1 |
| 10 | 建築を教えるものと学ぶもの |
鹿島出版会 |
1980.6 |
| 11 | リモートセンシングシリーズ都市 |
朝倉書店 |
1980.11 |
| 12 | 省エネルギー建築の設計実務 | 鹿島出版会 | 1981.11 |
| 13 | 日本のインフラストラクチャー |
日刊工業新聞社 |
1983.1 |
| 14 | 建築環境科学ハンドブック |
森北出版 |
1982.4 |
| 15 | 新建築学大系 9 「都市環境」 |
彰国社 |
1982.5 |
| 16 | 全3巻 西蔵 写真集 |
毎日コミュニケーション |
1982.5 |
| 17 | 全3巻 承徳 写真集 |
毎日コミュニケーション |
1982.7 |
| 18 | アングラ東京構想 | 早大尾島研究室 | 1982.11 |
| 19 | 中国建築・名所案内 | 彰国社 | 1983.11 |
| 20 | 絵になる都市づくり | 日本放送出版 | 1984.8 |
| 21 | 建築の光熱水費 | 丸善 | 1984.8 |
| 22 | 21世紀建築のシナリオ | 日本放送出版 |
1985.2 |
| 23 | 東京大改造 | 筑摩書房 | 1986.9 |
| 24 | 東京−21世紀の構図 | 日本放送出版 | 1986.1 |
| 25 | Tokyo towards the 21st.century | 早大尾島研究室 | 1987 |
| 26 | 未来住宅 |
読売新聞社 | 1988.11 |
| 27 | 21世紀住宅のシナリオ | 早大出版部 |
1989.7 |
| 28 | 早大理工80年をふりかえる 新しい出発のために | 早大理工学部 | 1988.4.1 |
| 29 | 建築JAVシナリオ A |
||
| 30 | 建築JAVシナリオ B |
||
| 31 | 建築JAVシナリオ C |
||
| 32 | 早大100周年 21世紀への展望 |
1985.4 | |
| 33 | アジア国際シンポジウム 日本建築学会100周年 |
1987.3 | |
| 34 | 都心に住まいと賑わいを | JPR | 1990.2 |
| 35 | 下町マンハッタンからアメリカンシティまで | 日経アーキテクチュア | 1991.5 |
| 36 | どうなる どうする東京 |
日本建築学会+彰国社 |
1991.5 |
| 37 | 東京を開く−尾島俊雄の構想 | プロセスアーキテクチュア | 1991.11 |
| 38 | 異議あり! 臨海副都心 |
岩波書店 |
1992.3 |
| 39 | 超高層ビルと未来都市 |
ポプラ社 |
1992.4 |
| 40 | いま建築教育は−大学における現状と課題− |
日本建築学会 |
1993.9 |
| 41 | 地域冷暖房 |
早大出版部 |
1994.9 |
| 42 | ひさ子短歌集 |
1993.9 | |
| 43 | 東大 先端研 A |
1991.1 | |
| 44 | 東大 先端研 B |
1991.1 | |
| 45 | 環境共生都市 |
1993.7 | |
| 46 | 東京の先端風景 |
早大出版部 | 1995.1 |
| 47 | 地球文明の条件 |
岩波書店 |
1995.3 |
| 48 | 都市産業革命 |
プレジデント社 | 1995.3 |
| 49 | 建築の光熱水原単位(東京版) |
早大出版部 | 1995.6 |
| 50 | 建築設備の技術革新 |
早大出版部 | 1995.11 |
| 51 | 安心できる都市 |
早大出版部 | 1996.1 |
| 52 | Geo-Space Urban Design |
John Wiley & Sons,Inc. |
1996.8 |
| 53 | In HARMONY with the EARTH |
CPIEPI |
1996 |
| 54 | 市民参加の都市計画 |
早大出版部 | 1996.11 |
| 55 | 市民のための災害情報 |
早大出版部 | 1997.6 |
| 56 | 千メートルビルを建てる |
講談社 |
1997.11 |
| 57 | 東京の大深度地下(建築編) |
早大出版部 | 1998.5 |
| 58 | Japanese Urban Environment |
pergamon |
1998 |
| 59 | 環境革命時代の建築 〜巨大都市東京の限界と蘇生〜 |
彰国社 |
1998.1 |
| 60 | 市民が主役のまちづくり 〜富山県魚津市の挑戦〜 |
早大出版部 |
1999.1 |
| 61 | 完全リサイクル型住宅(木造編) |
早大出版部 | 1999.3 |
| 62 | 都市居住環境の再生 〜首都東京のパラダイム・シフト〜 |
彰国社 |
1999.3 |
| 63 | DSMの時代 〜持続可能なエネルギー供給を目指して〜 |
早大出版部 |
1999.5 |
| 64 | 大都市再生の戦略 〜政・産・官・学の共同声明〜 |
早大出版部 |
2000.5 |
| 65 | 環境に配慮したまちづくり |
早大出版部 |
2000.7 |
| 66 | 完全リサイクル型住宅(スチール編) |
早大出版部 |
2001.2 |
| 67 | 都市と車の共生 |
早大出版部 |
2001.2 |
| 68 | デジタル現場建築CALS構築法 |
新建築社 |
2001.5.1 |
| 69 | 地方都市再生の戦略 |
早大出版部 |
2001.10.5 |
| 70 | 理工文化のすすめ |
東洋経済新報社 |
2002.2.14 |
| 71 | ヒートアイランド | 東洋経済新報社 | 2002.7 |
| 72 | 完全リサイクル型住宅(生活編) |
早大出版部 |
2002.12 |
| 73 | 都市環境学 | 森北出版 | 2003.5.10 |
| 74 | 太田口物語 | NPO法人アジア都市環境学会 | 2004.6.1 |
| 75 | 建築プロジェクトレビュー 電通本社ビル |
建築資料研究社 |
2005.4.30 |
| 76 | この都市のまほろば | 中央公論新社 | 2005.5.15 |
| 77 | 日本学術会議 勧告 |
日本学術会議 |
2005.4 |
| 78 | 日本学術会議 声明 |
日本学術会議 |
2005.4 |
| 79 | 日本学術会議 大都市の未来のために |
日本学術会議 |
2005.6 |
| 80 | 日本学術会議 新しい学術のあり方 |
日本学術会議 |
2005.8 |
| 81 | 建築産業再生のためのマネジメント講座 |
早大出版部 |
2005.9.10 |
| 82 | 未来を拓く新しい建築システム |
建築技術 |
2006.1.10 |
| 83 | ワボットの本 | 中央公論新社 | 2002.1 |
| ワボットの本 2 | 中央公論新社 | 2003.12.1 | |
| ワボットの本 3 | 中央公論新社 | 2004.9.25 | |
| ワボットの本 4 | 中央公論新社 | 2004.11.25 | |
| ワボットの本 5 | 中央公論新社 | 2004.12.20 | |
| ワボットの本 6 | 中央公論新社 | 2005.4.25 | |
| ワボットの本 7 |
中央公論新社 | 2007.3 | |
| 84 | この都市のまほろば Vol.2 | 中央公論新社 | 2006.10.20 |
| 85 | この都市のまほろば Vol.3 | 中央公論新社 | 2007.10.10 |
| 86 | 都市環境学へ | 鹿島出版会 | 2008.1 |
| 87 | 尾島研究室の軌跡 | 鹿島出版会 | 2008.2 |
| 88 | この都市のまほろば Vol.4 | 中央公論新社 | 2008.10 |
| 89 | この都市のまほろば Vol.5 | 中央公論新社 | 2009.10.26 |
| 90 | みんなが知りたい超高層ビルの秘密 | ソフトバンククリエイティブ | 2010.5.19 |
| 91 | 日本(やまと)は世界(くに)のまほろば | 中央公論新社 | 2010.10 |
| 92 | 東日本大震災からの日本再生 | 中央公論新社 | 2011.6 |
| 93 | この都市のまほろば(東京編) | 中央公論新社 | 2012年7月 出版予定 |
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